ギャラリーの撮影をやりたいと思っている

なんだかんだと言いながら、キャリアのかなり古い部分からギャラリーの撮影、美術展の撮影や作家のポートフォリオのための撮影などを手掛けて来た経緯があるので、ビジネスとしては難しい部分も多々あるのだけれども、美術にまつわる分野での撮影は続けていきたいと思っている。
昨日、古いブックを久しぶりに開いていてその思いを新たにした。

美術の撮影でビジネス的にナニが問題かといってまず第一はギャラリーも作家も(ごく一部を除いて)お金を持っていないので絶対に儲からない。(笑) 次ぎに問題なのは、もともとあるメディアでしか表現できないことを顕在化するために作品を作っているのが作家の作品であるわけなので、それを写真で表現するというのはほとんど不可能であるのが当たり前であるということ。では、記録なのかというと、記録のためのメディアとして写真を使うことに一番意味がない例としてあげられるのが美術に関して語る場合であり、そこにある物体を撮影してもそれは記録にすらならない場合が多い。ということはやはり表現するという方が妥当なのだが、言葉でなす評論であるならあらかじめ多くの場合は作品とは違う形態としてしか表現されないものだが、写真の場合は下手に「似姿」であることが始末に悪い。下手な記録をしてしまうと作品を殺してしまいかねない。
最後に問題として書いておきたいのは純粋技術的な問題なのだけれどもマテリアルの特性についてのことだ。カラーマネージメント云々の話をする時にはiccプロファイルがどうのCIEがどうの.。という話になって、さも細かい話をしているようでいながらその一方で印刷インキやモニターで出力されない波長の光に関しては全く問題にしていないけれども、印象的な色を放つ発色材や、人間の視覚の特定領域で起こる特殊な体験を利用したメディアアート作品などは、当然のことながら撮影することそのものがとても難しい。だからといって撮影しやすいようにベタ光を手前からうって明るく撮影したりしたらとんでもないものがそこに写ってしまう。

作品の記録としてもある程度は成立していて、なおかつ作品を鑑賞(イヤな言葉)した時のエクスペリエンスを伝える映像であり、なおかつ作品そのものの表現から乖離しない範囲で、写真としてのインパクトもあり、写真家自身の表現でもあり、そしてその撮影のためにはマテリアルやソフトウェアの簡単なコーディング(どのようニシテこれが実現されているかということへのある程度までの理解)やら雑多なことを知識として持っていて、他の作品と明らかに違う点があるならそれを画面に取り入れることを検討してみる。。等の編集者的な側面もひつようだし、DVD/HD/VR等のメディアや物理メディアの限界による撮影方法の制限などもクリアして、きちんとした一枚の絵を上げるのは実は並大抵のことではない。
やりがいのある仕事だと思っている。(っていうか。このご時世だと広告の仕事をやってもどうせ儲からないし。。なら好きな分野をやるほうに少しくらい注力してみても悪くあるまい)

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