いろいろな事をガーッと話した後一眠りして目が覚めた後ぼーっと考えているときにふと思い至ったのは、結局、日本の写真の世界(定義はおくとして)がいつまでたってもプロヴォークから抜け出せないのは写真家がいないからじゃなくて、多木浩二が現代にはいないからだという点でした。

細かく論考しだすと何か別のものになってしまいそうなので思いつきのアイデアとしてここに書き留めておきます。

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