恒例の花見にいって、アブラノビッチ vs ポール vs ワイフノビッチ とかアホなことを言いつつちらし寿司やらニラまんじゅうやら餃子やらガッツリと食べてワインやら焼酎やら日本酒やらガバガバ飲んできました。全身ニラニンニク臭いです。
当方からはちらし寿司にあわせて自家製のガリとなすの三五八漬、ちりめん山椒、あと白ワインなど持ち込み。「発酵食品のお兄さん」との字名をいただく。
お兄さん
...強調しとこっと。(謎)
そういえばこのあいだ車検にいった時にオートバックスの駐車場にピアッツァが停まっていた。PA NERO ではなくてピアッツァ。カッコは最高なのに中身はフローリアンとたいして差がないところがすごい。まぁそれを言ったら117クーペなんかもろにそれだが。おまけにbusy号の隣には最終型のサイバーが停まっていた。ZCではなくB型のVTEC搭載のやつ。あまりに懐かしいので眺めていたらオートバックスのニィちゃんが「昔はこういうのでブイブイいわしてたんですか?」と訊いてきたので「いや。俺は100馬力以上のクルマは乗ったことないです」と言っておいた。車検のために預かったのだけど、手をいれなければならないところが多すぎて、オーナーがあきらめて手放したのだそうだ。まぁ車検の基準が変わったとはいえあそこまで手が入ってると、適合状態にまで戻すのは大変だろうなぁ。あのクルマの現役時代のやんちゃ坊主だってとっくに家庭持ちだろうし。誰か有望な若者に拾われればいいのだけれども。
ジャイロ界にすっかりご無沙汰をしている間に4ストのジャイロが発表されていてびっくりした。
トレッドが広げられて、リアのブレーキ径が広げられてなおかつハブとホイールが別対ではなくなったからいままでのホイールやハブ、ひいてはATV用のホイールなどが流用できなくなった。法規制がかかる前にメーカーの自主規制でミニカー登録ができないように変更したというところだろう。当面2スト用のパーツはでるだろうが、それが払底した時点でこの遊びも終わり。世知辛い。
式典に臨んで国歌を歌うのは国民の義務である
国家が国民の自由な信条を押さえつけることは間違いである
どちらもそれぞれの大人の信条を子供にいきなり押し付けて判断を迫っていることに変わりはない。
大事なのは自分の信条を持ってそれに従って生きることであり、ひとに従わないことではない。自由というものがもしあるとすればそれはひとから何も強制されないということではなく、必要な判断は全部自分でするということであろう。そのためにはまず自分が何者であるかを知らねばならない。
そういうことをまず話した上で、自分が何者であるかわかるまではとりあえず国歌でも歌っておいて、それを知った時からはこんどは国の歌ではなく自分の歌を歌ってあるいていけばいい。そう教えるのが、もしもいわゆる君が代問題に対してなにかいうとすればいまの俺の立場で言えることだろう。
国歌を歌うかどうかよりも、自分の歌が持てるかどうかのほうがより大きい問題だと思う。
できるだけ速く自分の歌を持ちなさい、と教えることができるかどうか、そう言いきれるだけの自分を持った教師を現場におくことができるかがこの問題の本質であるように思う。
瀬戸内晴美とバルト読み中。
「明るい部屋」。ちょっと翻訳に疑問あり。ひどく難読。英語版があればそれを試してみたい気がする。フランス語は残念ながらこれを読めるレベルではないので。いずれにせよいまのところ読んだ範囲では写真論ではなくてむしろ写真という経験から沸いてくる自己、他者、自我といったものや、自己同一性の不安などに彼の興味は集中して(集中しようとして)いて、写真一般や、写真を軸にした美術論には近寄らないように注意深く論が進められているように読むことができる。これがなぜあの時代に盛んに引用されたのかがよくわからない。
まぁもうしばらく読んでみる。
俺がたまに「photo japon の時代」と言っているのは80年代前半のイケイケムードの中で「写真は美術の一ジャンル」みたいなことが言われ始めた頃(そしてそれが歓迎されていた頃)のことで、まぁそういうくくりはひどく大雑把で聞くヒトによっては悪意があると判断するかも知れない言い回しではあるんだけど、どうしてもあの時代の空気には抵抗感があって、それはたぶん前出の言い回しだと写真は美術よりも本来下に位置する価値しかなくてそれが美術の世界に迎え入れられることでようやく一人前になりましたよ、よかったじゃないですか、(バックに花が散る)....みたいなノリに嫌気がさしていたということなんだと思う。
あの時代にいろいろ書いていたヒトたちは今や大御所になってしまって、いっていたことの多くは金科玉条のように奉られており、言い回しの無意識の引き写しも含めて影響は大きいけれども、一歩引いてみれば、そのほとんどは雑誌の連載記事を単行本にまとめたものだったりするのは一応気に留めておいたほうがいい事実だと思う。充分に錬られたものだけが世に出ていたわけではない。こういう言い方は著者にもあるいは現在雑誌などに寄稿している立場の方々にも失礼かも知れないがあえて言っておけば、世に出ている優秀な方が書いたとされている文章がすべて秀作ってわけじゃないってことは忘れないほうがいい。好きな分野の勉強をする時には。好きなことをするときは盲目的になりやすいものだから。
何回か読んで文の内容がわからない時には、そもそも内容がないという懸念も持ってみて損はないだろう。
あぁ..また脱線。
何を言いたいんだ俺は?
ラインナップは増やします。645システムのデジタル化は、開発の“凍結”であって“中止”ではありません。新聞には中断、中止といった言葉で書かれてしまいましたが、ペンタックスとしては、一度も中断や中止といった言葉を使ったことはありません。
凍結という言葉に拘ったのは、凍結ならばいつかは解除できるからです。645システムを活用したデジタル一眼レフカメラの開発凍結は、早い時期に間違いなく解除します。
ただし、物事には順序があります。まずは地盤造りとして、メインストリームの2機種を盤石なものにして、その暁に中判デジタル機の開発凍結を解除して、すでに所有している645の資産を活かせるようにします。これは絶対に開発を再開させます。これまで3年間引っ張ってきたものではなく、そこでのノウハウを活かした新しい製品になります。従来、参考出展などを行なってきた製品は、すでに発売できるところまで開発が進んでいたものですから、それをこの先に出すのは古い。だから新しく作ります。
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/other/2008/03/28/8206.html
一部外者なのではっきりと断言はできないけど、やはり動く645digitalはあるんだろうな。
この間のドバイの流出画像はやはり645digitalだろう。ほぼ3:4比率だったし、K20Dにクロップがない以上、画餅ですらないK1よりは645dのほうが実在する可能性は高いから。
蛇足だが。
記事中にもある通りホントにK10Dの時みたいに、商機があるのに商品がないなんてコトになりませんように。
Mixed Tape 19 が公開されています。
http://www.mercedes-benz.tv/index.html?type=channel&id=8&lang=en&csref=mbtv_en_newsletter_mttv_0208
今回のテーマはソウルミュージックだそうな。
検診。
生活習慣病検診というやつにいってきました。あらかじめ予約とかしていなかったので、今月末日までの有効期限に間に合わないかなとあきらめモードで近所の診療所の門をくぐったところ、たまたま検査の枠に空きがあったということでめでたくそのまま受診することに。
看護士のねぃちゃんにわけわからんボケツッコミをかましながら問診票に記入して待合室でオヤジ系雑誌とか家庭画報とか読みつつ、一時間ほど待ったあと尿検査、心電図、レントゲン、採血、などを経ておっさんの医師に診断を受け、いいカンジにいいかげんそうなその医師曰く「ま。パッと見30代前半」とのお墨付きを頂きました。メタボの兆候を示すなんとかという指数がベストが22-23であるところ24なのが唯一指摘されたところで、「あと1キロ減らしてください」とかいわれたけどそれは着衣で体重を測定したせいだと主張しておきたい。採血の時に毎度のことながら看護士のねいちゃんに「血管細いですね」と言われ、「はぁ.毎回言われます」「ごめんなさいやり直しますって言われて都合三回刺したこともありますよ」とか言わんでもいいことを言ってプレッシャーをかけてみようとしたのだが敵もさるもので流され、実は未だに注射器恐いことを見透かされたりしながら終える。血液検査の結果が週明けまで分からないけれどもそれは肝炎検査がメインなのでウィルス肝炎のキャリアかどうかの問題。あとはパーフェクトであるらしい。(たぶん肝臓の値は高いだろうと思う)
本人はいろいろガタが来ているのを自覚しているんだけど、客観的な検査値はまだまだ問題ないらしい。まぁ若い時は野人とかロボット呼ばわりされていたけどむしろあの頃が異常だったのかも知れない。(謎)
社会保険庁は27日、公的年金の加入記録に誤りがないか確認を促す「ねんきん特別便」で、遺族年金の受給者にあてて送付したうちの約2万通に印刷ミスがあったと発表した。亡くなった配偶者らの加入記録に他人の記録が混在していたり、加入記録がまったく記載されず空欄になったりしていた。約2万通は28日に再送する。
印刷ミスが発生したのは、19日に発送した約280万通の一部。特別便の印刷を請け負う8業者のうちの1業者が、同庁から渡された3種類の磁気テープを一括してコンピューターに取り込んで処理したため、通し番号が同じ別人の年金記録が誤って混入するなどしたという。
問題てんこもりのねんきん特別便ですが、それすら来ていないのでちょっとどうしたもんかなーと思わんでもない。まぁどうせ受給申請するつもりないけど。失業保険も受給資格あったけれども結局申請しなかったし。国にたかるつもりはないよ。
働けるだけ働いて後は黙ってくたばるのみ。遺族年金を受給する資格が発生しそうなもののあてもないしな。
箱根もいいかもなぁ。ハイシーズンで高そうだから日帰りで。
と言いつつなんとか現実逃避に結びつけている俺なのであった。
実際には他の仕事もあるし都内ちょろちょろだろうなぁ。。
関係ないけど「撮れちゃった婚」も当然ネタですよね。(謎)
自分宛メモ。
近々調達するもの。
兵站
来週仕事がらみでプチ撮影行に二度ほど出るかも知れず。そのための妄想中。理由はいずれ公開しますがいまはまだ秘密。
水上バスでお台場>浅草>ポンギ>青山 コースか、あるいは
江ノ島フリーきっぷで江の電の旅>横須賀一泊>翌朝横浜>中華街>黄金町>ミントンハウス あたりか。
ともかくこれにかこつけて源ちゃんのところとか、ご無沙汰なところに行ってみようと企てている。
あるいは18きっぷでも買って甲州の桃の花を眺めながら諏訪までいって温泉でも入って、翌日また18きっぷで戻ってくるか。ちょっと余るな。今年の春の有効期間は4/10までなので使い切らずに終わりそう。
もう一週間早ければ桜のシーズンにあたるのだけど、その頃にはもう散り際だ。ムービーならば散り際の風景も絵になるが、スチルだからなぁ。。 現実にはなかなか難しいかも知れない。まぁ持ち出しとか無理のない範囲でいろいろ工夫してみたい。リファレンスになるものも考えなければならないし。
想定としてはデートコースみたいなものになるのだけれども当然色気無しの一人旅。がちゃがちゃとカメラをぶら下げ(今回はそうでもないか)。まぁ因果な商売だな。
なぜか大量にきしめんのお裾分けが来て、いまうちには生のパックものからなんちゃって即席麺、乾麺にいたるまで20食分くらいのきしめんがある。んーむ。
なぜかという話に触れればもともとこれはオババ@徒歩10分が「老人いこいの家」に遊びにいって、そこに集まるジジババの誰かからもらってきたものらしい。「あんたなら食べてくれると思ってね」というわけでけっこう頻繁に山のような貰い物をしてくる。それがババ邸にいくと床からドカーンと積み上げてあるわけだ。昔の映画などのシーンでよく正月に名主さんの家に参賀に出かけると、通された広間でお目通りする名主さんの背後にお年賀の品物が三方に乗っている絵があったけれどもあぁいうカンジだ。ただお屋敷の大広間ではなく六畳三畳のアパートなのであまりたまると足の踏み場がない。乾麺など日持ちのするもので賞味期限が切れていないものについては山谷に送ってしまうのだが例え山谷の炊き出し用といっても賞味期限切れのものは送らないポリシーなので、日にちが迫っているものなどは俺が引き取ってくる羽目になる。
最近、無農薬野菜の宅配便も契約したらしく二週間に一度段ボール箱に一杯の野菜が送られてくるのだが、それも当然老婆ひとりで食べ切ることはできないので勢いうちに持ち込まれてくる。ものはとてもいいのだけど、俺もそうそう料理ばかりしているわけにもいかず。無農薬で自家消費用に作った野菜を宅配しているようなスタイルらしく果物などはホントに足が早いので頑張って食べねばならず、下手をすると貰い物以外の金を出して買ったもののほうが腐ってしまったりする。贅沢なような悲しいような。
とうぶん朝と夜食はきしめんだな。
それはいつどんな時でも起こりうる崖っぷちブルース
大きな目にナミダ浮かべて あの娘はいつもあぶないよ
ある朝目が醒めて 元々ひとりぼっちだとつぶやく
そうだ大好きなヒトに 最後の言葉 お別れをしよう
真夜中響き渡る電話のベル つまらせた声
大きな目にナミダ浮かべて あの娘はいつも危ないよ
なんかいいことないかと 幸せは風のようにすぎる
そうだ大好きなヒトに わかってほしい だからいますぐ
いつどんな時でも起こりうる崖っぷちブルース
大きな目にナミダ浮かべて あの娘はいつもあぶないよ
dabada...
聴き書きのため用字不詳。
Like a rolling stone
A like a rolling stone
Like the FBI and the CIA
And the BBC--BB King
And Doris Day
Matt Busby
Dig it, dig it, dig it
Dig it, dig it, dig it, dig it, dig it, dig it, dig it, dig it
でもなんでフードアダプターをつけることを前提の設計にしたんだろうか。まぁ完全な沈胴式ではないから携帯性を最優先させるようなカメラではないことはたしかなんだけど、せめてボディだけの状態で全く画像生成に関係ない画角外からの光をカットするフレアカッターくらいは内装すべきだったように思う。着いているのかなぁ。。後玉の後ろはほとんどスペースがないはずだから、前になければたぶんつけるところがないと思うのだけれども。
ひょっとして前玉が回転する構造なのか?
FoveonってDSLR用の素子としては高感度に弱い印象があるけど、それにしたってコンデジの1/1.8型1000万画素より悪いっていうことはないだろうから、F4というマイナス点をさっ引いてもGRdなんかよりは暗いところにも強いんじゃないかと思うのだがどうなのだろう?もう少し懐が豊かならすぐにでも買ってしまいそうな勢いだけれども。
しかし。AutoISO設定での切替感度範囲が100-200って何じゃいそれは?と思わんでもない。FLASH撮影時は100-400の範囲で切り替えるそうだから、ぶっちゃけフラッシュの有効範囲を伸ばすための機能なんじゃないかという気がする。このAutoISO感度っていうモードは。
iso800でなんとか実用レベルの絵が出せるならiso200が限度のGRdと較べてもF値で一段負ける分を補って、GRdでF2.8/ 2″ で撮影していたような暗い条件でもF4/ 1″で撮影できる。
...ってそれじゃ目くそ鼻くそか。
「何ですか?それ」
「私は知りません」
これがちゃんと言えずにわかったようなフリをしたり、考えや意見があるようなフリをするヒトが多くなれば世情をデマであやつることは容易い。
D-76を知らない写真学生くらいいても別に構わないよ。どうせ教える教師のほうだってD-76を使いこなせているやつなんてもういないんだから。
9割が蒸気機関車だと思っていたことは別に構わないけど、残りの1割の中で、正解以外にきちんと「知りません」と言えたものがどれくらいいたかが問題だろう。知りませんと言える人間にしか伸びシロはないんだから。
D-76を蒸気機関車と答えた学生が9割、写真学校に基礎学力低下の波
ちなみに、D-76は、スタンダードなモノクロフィルムの現像液。
写真の由無し事
http://d.hatena.ne.jp/tamaotto/20080326/1206466424
ま、でも。デジタルしか知らなかったらD-76を知らなくとも不思議はないかも。むしろそういうヤング(死語)たちがD51を知っていることのほうが不思議というか、どこか危うい。教えれば何でも覚えてしまうし、知っているつもりになってしまうヒトがとても多いということだから。
tumblrって言語的に開かれたサービスのはずなのにうちのFollowerは全部日本語圏のヒトだな。
weblogにはたまに香港辺りからのアクセスがあるけれども。やはり日本語でしか書いていないからだろうか。
印画紙の粒子..は見えないだろう。フィルムの粒子にしても、ネガポジ法であるところのいわゆる白黒写真では、プリント上に現れている「粒子」はフィルムの銀粒子ではなく、銀粒子の雲の間から漏れた木漏れ日にすぎない。つまり粒子の隙間だ。まぁそれは細かいこといっても仕方ないんだけど、たまにプロ写真家でもそれがわかっていないヒトがいるので一応突っ込んでおく。
先鋭な描写とトーナリティは微粒子に現像することではなく停止、定着、水洗の行程でゼラチン層の中に浮いている銀を溶かさないように動かさないように、温度変化を極力抑えながら正確に必要な時間だけ反応を維持することによって得られる。
ティルマンスの「巨大プリント」は単に大きなものは大きく伸ばしただけだと思うなぁ。
そこまで考えるほどのことだろうか。ポートレートとかは明視の距離で対峙する視覚に近い大きさのものが多かったように思うし、暗室の全紙プリントネタとかは等倍か少し大きい程度だったような気がします。40インチ幅かな。
大きいものは大きくっていうだけだと思いますけど。そんな特に巨大プリントとも思わなかったし。
しかしW-03とかS11HTとかのなんちゃってQWERTY配列のキーってホントに入力しやすいの?
日本語環境ならPOBoxを積んだフツーのケータイキー配列のほうがむしろ速いんじゃないかと思うのだけど。てか、ケータイの学習辞書のフォーマットを統一して端末変更の時に引き継ぎたい..
ことえりの辞書も.MacSyncでシンクロできればいいのに。現状だと定期的に書き出してそれを各端末で開く処理が必要。
魚拓に書き添えられる情報。
いくつかはオプション。
これらの情報は、対象が実在したことを前提とするから必要とされる。絵に描いたものなら必要ないとされるはずのものが含まれる。
カラーの魚拓というのもあるらしく、たしかテレビで見たような覚えがあるが、あまりリアリティがなかった。モノクロのほうがリアルだ。
すべての存在の表層を余すところなく鋭く捉えた魚拓そのものたちは我々の日常を離れた現実と非現実の狭間で何を表出させようとするのであろうか。(意味不明)
ブラジルさんがtumblrで集めた容量1.3ギガ、22544枚の画像の入ったDVDRをもらった。それ見たら写真撮る気力がなくなった。
&mdash 内原恭彦 —
そうか。テロだったのか。
危ないところだった。見るのよそう。(謎)
自分あてログ。
中野の但馬屋さん。このあいだ行ったkawolさんのライブの会場となった店で供されていた塩豆を売っているお店。いつも俺はアメ横の小島屋さんで買っていたのだけれども、小島屋のやつはちょっと固い。その感じが好きな向きにはいいけど俺はもう少し柔らかいものを探していたので、マスターにどこで売っているんですか?と畏れながら聞いてみたら、わざわざ地図まで描いてくださった。感謝。
中野駅から中野通り沿いに早稲田通りのほうに北上して道筋の左側。早稲田通りとの交差点に丸井があるが、その少し手前。おそらく駅徒歩5分くらい。
地図をなくしてしまうといけないので万一のためにここにもログを書いておく。
塩甘納豆とかもいいのがあればなぁと思っている。
何にもアイデアが浮かばない時はリゾットを作る。
スープはそういう時は市販のブイヨンで済ませてテキトーな具を刻みながら
タイ米を炒めてからアルデンテにそれでゆでてショウガと塩くらいで仕上げる。
イタリアの米ってどういう米なんだろうか?
タイ米だとなんか違うような気がする。
ポットで湯を沸かす。
鍋で湯を沸かす。
野菜室を視察。
チルドを視察。
う。
気をとりなおす。
サラダを作る。
スープを作る。
なにか作る。
食べる。
だいたいいつもこんなカンジの食事。
食べたらすぐに食器を水にはって、あるいは鍋を洗う。
水につけられない食器はその場で洗う。
家にいる時は煮詰まったら台所にいって、食材を調べて下ごしらえをしたり。
水が切れた食器を拭いて収めたり、そんな細々をする。
途中で止められる段取りのところまでやってけばあとが楽だし。
ササニシキを使ったパックご飯みたいなのがないかなぁ。
コシヒカリ系の甘い米じゃなくてササニシキをちょっと固めに炊いたパックご飯。暖めても食べられるけどどちらかというとそのまま冷や飯としておにぎりやチャーハンなどに使うための調整で。コシヒカリとかヒトメボレとかだとどうもしゃっきりしないんだよなぁ。中華料理で使う米ってコシヒカリ系じゃない気がするんだがどうなんだろう。
ニンニクのしょうゆ漬けを刻んでセロリなどの香味野菜と一緒にチャーハンにするとうまい。冷や飯さえあれば10分でできるし。それにサラダでもつければまぁまぁだろう。(なにが)
事象とほぼ同じと見なされながら実は全く別のものであり、それに付帯する言葉では表現できない類いの属性を記録する機能を持っているという意味ではフロッタージュとか魚拓とかが写真の本質と重なってくるのかも知れない。
つまりは拓本。
写真魚拓論
写真フロッタージュ論
誰か書いてください。フロッタージュのほうは誰か書いていそうな気もするから魚拓のほうを奨めておきます。それくらいのばかばかしい例えで検討したほうがお芸術の世界に引きずり込まれないで済むようにも思うし。
表面しか写し取らないという意味ではまさに拓本だし、その精度を高めたもの。非接触非破壊拓本装置。