Archive for the ‘Bookcover’ Category

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新潮社クレストブックス 「アムステルダム」カバー

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新潮社のクレストブックスから出ているイアンマキューアンの二作目の長編小説。残念ながら絶版のようなので「出ていた」と言うべきか。クレストブックス立ち上げ当時から写真で装幀をつけるものに関してはほとんどの撮影を担当していた。そのなかでこれが自分にとっての二作目だろうか。

1999年の仕事。

作品の内容はまぁ。。
初版の腰巻きの文を引用すると

ひとりの魅惑的な女性が死んだ。
選ばれた男たちとの遍歴を重ねた途上で。
元恋人の三人が葬儀に参列する。
イギリスを代表する作曲家、辣腕の新聞編集長、強面の外務大臣。
そして、生前の彼女が交際の最中に戯れに撮った一枚の写真が露見する。
写真はやがて火種となり、彼らを奇妙な三角関係に追い込んでゆく。
才能と出世と女に恵まれた者は、やがて身を滅ぼす、のか。

と紹介されています。実際にはもう少し複雑で奇妙な小説ですが。

まずは例によって電話をもらいほいほいとゲラを撮りにいって説明を聞き持ち帰ってゲラ読みに入る。何日かあとにモデラーも交えて最初の打ち合わせの段取り。

最初の説明とそれに続くゲラ読みの過程でとったメモには「女、乳、肌」というような言葉がイメージの鍵として並ぶ。作品の中で直接的にそういうものが描写されるところは皆無なんだけれども。
砂丘のような、イギリスの丘陵地帯のような、乳の海のような。そういった風景を具現化するためにホントにきっちりと並びなどをつめていかなければならないので、フィギュアの完成後にカメラを実際の撮影位置に立ててからジオラマを作り込むという段取りをとることにした。モデリングはフリーのモデラーの宇都宮潔氏の作品。

打ち合わせの過程で松家デスクが「実はこういう風なイメージにできればよりベストだと思うんですが」と言って取り出したのがどこかのロックバンドのLPのジャケ裏のコピー。ソルトレイクかどこかの砂漠の荒涼とした大地をハッセルに40ミリのディスタゴンかなにかをつけて撮ったようなものすごいパース感の写真。
んーむ。このパース感をテーブルトップでですか。。と頭を抱える。

話を聞きながらディスカッションしてつめていくと、どうやら彼我の感覚を見せたいということらしいので、他の表現上の要素を実現するための技術的な制約として標準レンズくらいよりも長い玉しか使えないことと考え合わせ、ジオラマの「大地」の方をかまぼこ状に湾曲させて、手前の部分は足下を見下ろすような高い角度からの視覚になるようにし、同時に水平線付近は大地を舐めるような角度での視覚になるようにする。種明かしすれば簡単な仕掛けだけれども、大地は水平で平坦という人間の思い込みを逆手に取って操るということ。

奥行き120cm x 幅90 のベニヤの大地を最大12cmの高さまで湾曲させてもらい、そこに丘を配置していくことにし、丘のイメージとして「もうおっぱいですから。具体的な描写は砂っぽいとかそういう質感なんですけどサブリミナル的にはもうおっぱいそのものにしか見えないように」という謎な指示を出してお願いする。
二度目の打ち合わせの時にカメラを携えていってジオラマの前にすえ、ラフなライティングをしてピングラを覗きながら丘とフィギュアの配置を決めていく。スタッフ全員がゲラを読んでイメージを明確につかんでいるので、それぞれのスタイロフォームから削り出した「丘」の形状も実にいい具合におっぱいな感じだし(実際にはおっぱいを連呼するのもなんなのでアマショクと呼んでましたが)配置もすんなり決まる。そこでアオって見てピントの面も狙い通りにコントロール可能なことを確認して仕上げをお願いする。確認しながら仕上げをしたいというお話だったのでライティング機材はばらしておくけれどもカメラとレンズはフォーカスして構図も決めた状態でそのまま置いて二日後に本番撮影という手はずにした。アマショクと大地の質感については質感は砂のようにざらざらでだけどおっぱいにしか見えないように。おっぱいの大地を作ってください。。と。

さらに二日ほどゲラを再読した上で本番。朝出る時に何か予感がしたので舞台照明用のエフェクトフィルターを少し多めに持っていくことにする。到着すると案の定松家デスクが(あるいはデザイナーの望月女史だったかもしれない)「こんな風にしたいんですが」と言って取り出したのが、ジョール・マイヤヴィッツのSummersDay風のつまりアメリカンニューカラーの作家が撮るような夜明けの水平線の写真。
はいやってみます。(フィルター増やしておいてよかったよ)

ライティングはシンプルに左と天にトレペを二重に張って、お釜をつけたコメットで左奥から一発。右からはスチレンボードのレフ。空についてはトレペを三重に張って、一番奥と二番目の間に細長い短冊状に切ったフィルターを渡して、それを支持体にしてさらに細かい小さなフィルターを貼付けていって色のグラデーションを作り、ジオラマのボードの下から奥のトレペに向けてモノブロックで一発飛ばして色のグラデーションになるようにしている。もちろん引きがあればそんな複雑なセットではなくて素直にまっすぐ奥から飛ばした方が楽なんだけどしかたがない。ある意味光に変な芯が出なかったということもありむしろよかったのかもしれないとも思う。

かくして、荒涼としたおっぱいの大地にたたずむ花嫁と三人の紳士が真っ昼間の光に照らされながらなぜか空は夜明け空というシュールな「絵に描いたような写真」のいっちょあがり。という仕事でした。

余談ですが。
たぶん結果的にひとり無事に生き残って淡々と過ごしているジョージが一番の勝者なのかもしれないけれども、何らかの破滅を迎えているこの三人の男と一人の女の方が役回りとして与えられるならば心地いいだろうなと思いながらシャッターを切っていました。

「理由」新潮文庫版

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恐ろしいものでもうこれも三年前の仕事。宮部みゆき氏の「理由」を新潮社で再文庫化した時のカバーの撮影を担当しました。

よく知られている作品なのでストーリーに触れるのはとりあえず止めておきます。冒頭事件が起きる舞台が嵐の日のツインタワーマンション。この建物や周辺環境の描写にかなりの紙幅が費やされていて、それを読んでいるうちに物語世界に引き込まれていくというのが文章の作法上の構造なのだと思うけれども、カバーをつけるにあたってアイデアとしてこの「ツインタワー」というのがまず最初にあった。ただ、そのまんまマンションを撮ったところで装幀として成立するわけでもない。さぁどうしよう。>よしオオタカを呼べ。

というような流れで呼ばれたのだと思うけれども、ほいほいと打ち合わせにいってざっと説明を聞く。一つ注意すべき点は何しろあまりさわやかな話ではないので、その被写体として扱われるマンションがあまり具体的に特定できてしまうと、場合によっては「うちの不動産のイメージダウンにつながる」とかいう抗議が来ることも十分にあり得る。しかし印象的なツインタワーのマンション。商業ビルではなく高級マンションに見える建物。その条件で既に限られてくる。

「ともかくまずは読んでみましょう」ということにしてゲラを持ち帰り、読み始める。初日は第一章の嵐の晩の出来事が終わるまでを読んだ。描写されている風景や立地から代替の土地柄はわかったので、深夜ではあったけれどまずはその目星を付けた場所に行ってみた。すると、まさに作品のイメージに合致するマンションが建っていたのだけれども、もちろん先に挙げた理由によりあからさまに合致するそのマンションを撮るなどもってのほか。
とりあえずはDSLRでいろいろ撮ってみてイメージを固めていくことにする。

翌日もゲラ読み。ゴールデンウィーク前だというのに天気はずっと雨模様。日中はゲラを読み、夜になるとロケハンに行く。池袋大塚辺りから早稲田に抜け、その後六本木青山赤坂芝浦辺りをいろいろ見て回り、めぼしい場所があると白馬号を停めてカメラを構える。雨の中ピザバイクで走り回ってカメラを構えるおっさん。はっきり言って怪しすぎる。

帰宅してそれまで撮ったデジタルデータをPDFで送り、翌日担当デザイナー黒田氏と電話で話す。ちょっと具体性がありすぎるという方向でまとまり、さらにゲラを読みながらどうすべきかについて考える。この時点での最大の問題は「ツインタワー」が意外とないこと。
煮詰まりながら考えていると、あるポイントの物件の立地を思い出し、ひょっとしてなんとかできるかもしれないなということでもう一度そぼ降る雨の中を白馬号で出かけ一番短いズームをつけたDSLRでいろいろ撮ってみる。イメージを固めるために。
帰宅してデータを取り込んでMacさんで眺めながら黒田氏にメール。「なんとか細い糸口を見つけました」と。

とはいえ。ゴールデンウィークあけにはもう入稿しなければいけない。ラボは連休中は休みだ。デジタルでいこうかとも思ったのだけれども、ひとつにはAPS-Cの画角だと十分な広角レンズがない。それに、ちょっと不穏なカンジのする荒れた画をものにするためにはフィルムのほうがいい。デジタルだときれいに写りすぎる。

翌日がラボのスケジュールから逆算した場合の撮影のリミット。外は激しい雨。これはさすがにだめかなーと思ったけれども、とりあえずはフィルムを入手するだけでもいいやと思い、ヨドバシに行ってEESの36枚撮りを5本買って現場に向かう。フィルムを装填したカメラをビニールでぐるぐる巻きにして防水。カメラはMZ-Sを使った。防塵防滴のLXを使えばよさそうなもんなんだけど、LXのモータードライブは意外と水でトラブルを起こすのでどうせぐるぐる巻きにするなら露出表示が見やすいMZ-Sのほうが良かろうという判断。目当てのマンションの近くに白馬号を停め、バブアーのコートにレインハットの出で立ちで、懐にカメラを押し込んで雨からかばいながら小走りで走る。怪しさ最高潮。
露出計の設定はISO1600。現像は+2の増感に決めてある。実効感度は経験上ISO1250になる。テスト現像はあてにしない。あらかじめ目星をつけたあった裏手の茂みに潜り込んで撮影を始める。何枚か撮ってレンズについた雨粒を拭いまた何枚か撮る。そんなカンジで少しづつ撮り進める。
レンズはシグマの12-24ミリのズーム。さすがにこれだけの広角になるとほんの少しのカメラ位置やレンズの振りで画が全然変わる。結果マンションの裏庭の茂みの周りであちこち行ったり来たりしながら天を仰いで写真を撮る怪しい男に。フィルムを近くの公園の屋根の下で交換して再びぐるぐる巻きにしたカメラで同様に撮って二本で終了。その足でラボに行きとりあえず一本減増指示を出して帰宅。連休明けにそれを見てもう一本を現像指示して急ぎで夕方あげにしてもらい、当日おさめて終了。
まぁ大まかに言うとそういう仕事でした。

さて。種明かしをすれば。
この「ツインタワーマンション」は実在しない建物なんです。実在しないのになんで写真に撮れたかと言えば、実際にはツインタワーではなくて隣り合った区画に建っているそれぞれ独立した高層マンションを、レンズの選定や撮影位置の工夫、構図等々の手練手管を使ってツインタワーに見えるように撮ったものです。実際にはこの二棟は80mくらい離れており、間には幹線道路が横切っています。
これならたとえこのマンションの住人にこの本を見せたとしても自分の住んでいるマンションだとは気づかないでしょう。

先月あたりに恋に破れた哀れな中年男の風情で紙飛行機を折り続けたり、夕暮れの河原で一人たたずみそぼ降る雨の中ぐりぐりパノラマ撮影をしていたりしたやつが本のカバーになりました。

新潮社の新刊「レインツリーの国」(有川 浩 著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4103018712/ref=sr_11_1/249-3977421-5698706 [アマゾンへのリンク]

ヒトの生活感が見えるか見えないかの微妙なところの距離感で実際の街をジオラマのように。書き割りのように」ということで、提案されたのはスクロール状に撮ってphotoshopで合成。。というやつだったのですがそれだとヌケのところがどうしてもあわないのは経験上わかっていたので、こちらの判断でパノラマVRの撮影技法を使っています。ただし書き割りっぽくという事でいうとパースペクティブを殺さなければならないために被写体までのディスタンスは最低でも50mは必要で、必要な天のヌケや画角なども考えると条件としては河原のようなところでしか撮れないという事に。折からの悪天候の中ピザバイクで多摩川の中流下流域を走り回り、住宅が建ち並んでいるところを捜し(建ち並んでいてしかも両岸の土手より高く家並が見えなければならない)、いくつかの候補地を見つけ(ホントにわずかな場所しか条件に合わない中で)それぞれの場所でどこにどの高さでカメラを据えるか。。とうとうさまざまな事を割り出すのになんだかんだで一週間ほどかかり、なおかつ梅雨明け前だったので天候も悪く、結局着手してからカンパケまでひと月近くかかってしまいました。(笑)
もう少し手離れがいいように工夫しなければいけないところですが、アガリはなかなかイイカンジになってます。

「最後の晩餐の作り方」

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新潮社のクレストブックスの中の一冊。原題はカバーにもある通り the Debut to Pleasure ということで。。。もちろん原語の意味は俺には判らないのだけど日本語にするにあたって相当苦心したのだろうことは何となくわかる。
ある美食家のモノローグの形式でつづられており、たまに時制が乱れていたり話が脈絡なく飛んだりしながらも彼が今までに味わった素晴らしい料理や食材に関する見解や想起されるさまざまな出来事、不幸にしてなくなってしまった彼の周囲の人々、家族、使用人、友人などのことについて思いを巡らせながらつづられた書。。ということになるだろう。まぁこれ以上書くとネタバレなので興味の湧いた方は手に取ってご覧下さい。

仕事の話をいただいた時点でまずは新潮社に赴きゲラ刷りをもらってきて読み始め、翌日に最初の打合せ。その段階で聞いたアイデアとしてはシンプルな真っ白な世界の中で秘められた狂気のようなものを表現する。。ということだったように記憶している。(違ってたらごめんなさい)そのためのエレメントがテーブルクロスと白い磁器の皿とナイフとフォークという最小構成のテーブルセット。シルバーに関しては白く塗ることで白い世界を構成することにして、編集者とデザイナーが検討して社内での企画会議でもそれで通っていよいよ写真撮影という段階になって呼ばれたわけなんだが、最初の顔合わせの段階ではたぶん「本当にこれで行けるんだろうか。少し弱いような」という意識が先方にはあったと思う。それは先方の言葉の端にも伝わってきたので、まずはそこで俺が言ってみたのは

ただシルバーを白く塗って並べただけじゃ考えてそれで終わりの美大の学生の卒業制作みたいなもんにしかなりませんからどうせ狂気ならシルバーだけではなくて皿もテーブルクロスも同じ白で塗りましょう。それくらいはやらないと狂気にはなりませんよ

と。
正直構成はシンプルなので何かを足していくことで表現を組み立てるという選択肢は有り得ない。白い世界と四点の構成要素の取り扱いだけを工夫して作り上げなければならない。えらくタフな仕事だなと思いながらとりあえずともかく全部息苦しいくらいに白く塗ることだけを決めて言い残してゲラ読みに入るために帰宅の途につきながら思っていたのは「ただ塗っただけじゃ懐かしのジョージシーガルもどきにしかならんからなぁ」というそのことだった。

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クレストブックス新刊:「素数の音楽」

新潮社のクレストブックスシリーズの新刊「素数の音楽」(マーカス・デュ・ソートイ著、冨永 星 訳)が刊行されたようです。
http://www.shinchosha.co.jp/crest/590049-8.html

先月の末にLEDトーチで撮影したと言っていたのがこのカバー写真です。某新藤さんのところで話題になっていたLEDライトセーバー(謎)とはちょっと違う灯器なんですけど果たしてどんなものを使ったか判る方はいらっしゃるかな。。
ヒントを書いておくと。立ち会いのデザイナー女史は撮影している俺の姿を評して「チョウチンアンコウ」とのたまわっていました。(笑)

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元写真はちなみにこんなカンジ。
低解像度のデータなのであれですが、無断転用転載不可でお願いします。(そんなヒト居ないと思いますが)