好きな写真家を三人まで挙げろといわれると
Ralph Gibson
Duane Michals
Emmet Gowin
の三人だろうかと思う。
論評不能な写真家ぞろいなので、日本の写真評論家の書く評論に絡んでくることはあまりないけれども。
Ralph Gibsonの新作の展示がそろそろベルリンであるはずなのでたまに検索したりしているが、まだそれに関する情報は見つけられない。 たまにそういうことを検索したりして、彼等がナニをしているのかその片鱗をつかまえることもまた楽しい。
(Duane Michalsは、英語圏のwebや出版物では"Duane Michaels"と表記されているのが通例だけれども、ここでは本人が肉筆でいつもDuane Michalsと表記しているのでそれに従った)
Posted on 2004年3月30日, 11:39 PM, by dannna_o, under
写真とか?.
世の中には二とおりの人間がいて、それはバイクに乗る人間とそうではない人間のことです。
まぁ、自分の怪しい屋根付きバイクはおよそライジャケには似合わないけれども、ライダースジャケットがあることで、ライダースジャケットを着る人生に一歩だけ近付くような気がします。
それがどういうことなのかを語る言葉はたぶんないのですが。
Posted on 2004年3月30日, 10:40 PM, by dannna_o, under
Gyro.
前にも少し書いたことがありますが、ラフというのは仕事においては実は重要。。というか怖いものでありまして、ことに、昨今のように仕事を受注するかどうかの瀬戸際で決済にあたるクライアントの責任者がすでに「映像世代」で占められてくるようになると、もはや昔書いていたようなカンプとか大ラフというようなレベルではなく、ほとんど完成画像に近いほど「描写」しなければならない場合も多いようです。
そうなってくると、果たしてその絵が本当に撮れるのか?。。ということを写真屋としてクリアして行かなければならないわけで、photoshopに手を染めてみたりいろいろ対応して行かなければなりません。 とはいえ、写真で行けるんではないか?。。という意向を受けて相談に加わったあとで実際に撮影手段を割り出して、その実施の手配から撮影作業までをこなすのが業務としての写真屋なのですから、そういう意味では昔から何にも変化はないともいえると思います。肝心なのは「写真で行けるんじゃないの?」というその最初の段階で「写真でできること」っていうイメージが確実に変容して来ていることでしょう。写真でできること。。ないしは自分ができること、のイメージをできるだけ広く具体的に提示して行くことが求められてくるはずです。
某社の携帯電話ではとうとうポスターのメインビジュアルにCADデータからの映像を使ったようですし、写真でできることを明らかにして行くことに真剣にならざるを得ない時代であるように思います。(当たり前のことばかり言っているようでなんか締まりがないのですが。。)
Posted on 2004年3月30日, 8:28 PM, by dannna_o, under
写真とか?.
このあいだのSafariのアップデートをかけてからだと思うのだけれども、どうもSafariの挙動がおかしい。 。。。というか、何かのはずみでSafariがエラー終了すると、その後dockからSafariを起動させると、dockに登録してあるSafariとは別のところからSafariが起動しているように見える。(Dockの一番下にもう一つSafariの「起動中を示すアイコン」が表示される。
MacintoshトラブルニュースによるとPantherのアップデート後にSafariに障害が出るということだけれども、これもその類例だろうか。
Posted on 2004年3月30日, 5:14 PM, by dannna_o, under
MacOSX.
。。。というタイトルで書きはじめるのは実は気が重い。 それをここで書き尽くすことはできないことが判っているからだ。
この間春日君とメールでやり取りしていた中で私の頭に出来上がった言葉でいうと、結局自分自身は表現者として写真に向き合っているというよりもむしろ「スキャナ」だった。。ということに気付いた。ここではスキャナであることが表現者とかphotographerよりも下に位置することであるとはしていない。
単に自分はスキャナとして存在していたということを明らかにすることになったわけである。(実は意外と気持ちいい)
その言葉が降りてくる前は自分が写真を撮る目的とか意識についてヒトに問われた時には以下のように答えていた。
自分の目の前にある写真に撮れるものは全て撮影したい。全てを撮影してしまえばその不在の中に、写真に撮ることができない、おそらく形のないもっと大事なものが表れてくるかもしれない
。。と答えていた。
だけどどう考えてもこれはおかしい。形のあるものを全て捉えたところでたしかに不在の検証にはなるかもしれないが、結局それはますますその姿を隠し、見えない不確かな存在であることがはっきりするだけでそれを捉えたり明らかにすることとは違う。
違うこと自体は自明のことでそれは問題ないのだけれども、その明らかな間違いを抱えながら先に述べたような理屈で自分の行為を説明しようとしていたことの矛盾が、ある面で自分の力をそいでいたように今は思える。 不在を切り出すなどというよりは「俺はスキャナだもん」と言い切った方が余程すっきりしている。(笑)
とりあえず。これは序説として。
最近あまりスキャンしていないなぁ。頑張らなければ。 >俺
Posted on 2004年3月30日, 4:51 PM, by dannna_o, under
写真とか?.