Archive for 2009年6月24日

ブラジルさんのモロ具合が暴走し気味のような気がする

うざい。うざいよ。>俺

ブツ撮りの三脚はぶれないために立てるんじゃない。

主点を。世界観を固定するために立てるんだ。だから手ぶれ補正がいくら強力になったとしても三脚は立てなきゃならない。これは東中野の怪人も言っていたことだから一つの真理だろうとは思う。三脚を神の一点に立てられない人間は手持ちでも自由に動けない。

尾苗さんとこの家訓はひねくれものを養成するような気がする。

うちはいま撮影仕事は暇で、そのぶん他が忙しいというところ。まぁ撮影で忙しいフリをしていた方がいいんだとは思うけど性に合わないのでそう書いておく。

コミュニケーション能力の無さでアーティストらしさをアピールしないでください!

tumblr経由でtwitterのどことやらのブツブツを書き換えquote。別にアーティストでなくとも何でもいいんだけど、自分を守るためにちょっと気に喰わないことがあるといきなり態度を荒げて黙り込むのはなんとかならんのかな。まぁこれは半分自戒も込みだけど。全くガキじゃあるまいし。

スープストックがなくなったしネギのアタマがだいぶだぶついているから久しぶりにバラ肉で茹で豚を作りたい。
冷蔵庫総棚ざらえと称して先月から冷蔵庫を覗いてメニューを考えてから足りないものだけを買いにいくスタイルで暮らした結果、ほとんど中身のない状態にまでなった。まるで引っ越し前のよう。

民主党は東京生活者の政党ってことを表に打ち出し始めたのかな。まぁそのことは悪くはないけど、東京生活者の政党ってことは悪い言い方をすれば田舎者の政党ってことで。崇高な論理じゃなくてその時々でコロコロ変わる市民とやらの要望を国政に反映させるために奔走します...ってことだけど、それって地元利権を第一に行動した古いタイプの自民党議員たちの十八番なんじゃないのかとも思う。

国政に持ち込んでいいの?それ。自己否定じゃないのかね?

内なる虚構を顕在化させれば表現になるし、外なる現実を顕在化させれば記録になる。

自分の意識世界から切り出して余人に見せて影響を与えるという意味ではどちらも変わりはない。

なんて書いているといかにもメンヘルっぽくてウツだよ。

現実は虚構。

どちらも想像力の範囲までしかない。

現実は外在し、虚構は内在する。

単純にreblogカウントだけで判断するとFollowerの多いヒトが拾ったポストは多くの目に触れて結果カウントが上りやすいという点はあるだろうから必ずしも俺が面白い力のあるポストだったとは言い切れない傾向はあると思うな。

reblogされる階層の深さとか、あるいはそのポストをきっかけにそのルートやreblog親をFollowし始めたヒトが多かったか、とかそういうパラメータを取得できればその方がむしろ面白さ?をハンドリングしやすいと思う。

前にも書いたことがあると思うがたまに叔母のガーデニングの仕事を手伝ったりもしている。

余所で、ガーデニングと呼ばれているようなものを見ると違和感を感じるのが「前」がすごくはっきりしていること。っていうか「裏」がある。うちの叔母が作るものはポットであってもあるいは庭であっても、前とか動線とかがほぼいい意味でわからない。けれどもまとまっている。たぶんあれは植木屋、つまりは庭師であった祖父の影響なんだろう。ちなみにうちのオババが作るものはもっとカオスだけど。叔母の作るハンギングとかはあまり華やかなものがなくて緑のグラデーションっぽくなっていて、通年で楽しめるように工夫されている。昔はそれがなかなか評価されずに悩んでいたこともあったようだけど、あるとき俺が「海藻サラダみたいでいいじゃないかと俺は思いますけど」と言ったら、本人その言葉がウケたらしく、迷いがなくなってその路線で突き進むようになりいくつかその世界での賞ももらったようだった。いまは海藻サラダみたいなものがちまたで大流行り。うちの部屋から見えるとなりのうちはご同業のガーデニング先生らしいのだけれども、そこのものには「裏」があるんだよね。はっきりと違いがある。
ベランダガーデンで裏があると、外を通るヒトにとっては裏ばかり見せられることになるのでとても煩わしい。

たまにここにも写真を貼らせていただいているkawolさんのライブが明日25日に吉祥寺で行なわれます。
http://blog.livedoor.jp/kawl/archives/51623965.html

お近くの方は是非。俺もおそらく定刻に伺えると思います。

FourthFloor:
東京都武蔵野市吉祥寺南町1-5-5炭屋ビル4F
tel 0422-46-2106
JR京浜中央線「吉祥寺」駅・京王井の頭線「吉祥寺」駅南口下車徒歩2分

スナップの中にさえ構図とか瞬間のドラマ性を求めているような気がする。というかむしろ意識的そうしてきた部分もあり、確かにそういう言葉を戴いてやってきた面もあるのだが、最近それがとても嫌なことに感じられることがたまにある。

対処すべきことには対処すべき瞬間に対処する。そのとき処理しきれないものについては反応はしておいてこぼれるものについてはあきらめる。縁がないものは縁がない。