しかしオタクとマニアと変人と変態は間に合っているからあとtumblrに必要なのは天然だな...とおとといあたりに書いたつもりだったが。天然は完全にヒウィッヒヒーに持っていかれたな。
Posted on 2009年7月23日, 6:01 PM, by dannna_o, under
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今年は建築写真のひとは受難の年だな。5年ぶりくらいかこんなに雨降るのは。
といいつつ俺もこの調子だと来週の瀝青会の調査行はおそらく雨っぽい。どうしたもんか。
Posted on 2009年7月23日, 4:47 PM, by dannna_o, under
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可笑しすぎて本物のtwitterロゴまで正視できない
Posted on 2009年7月23日, 2:04 PM, by dannna_o, under
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Posted on 2009年7月23日, 1:59 PM, by dannna_o, under
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Log in Argo !
これはおっさんにしかわからんだろうなぁ。
Posted on 2009年7月23日, 12:07 PM, by dannna_o, under
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Rerigio !
これは誰もネタもとわからんだろうなぁ。
Posted on 2009年7月23日, 12:07 PM, by dannna_o, under
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Posted on 2009年7月23日, 11:50 AM, by dannna_o, under
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Posted on 2009年7月23日, 11:11 AM, by dannna_o, under
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いまここにこれを書いているこのテキストが存在するのは俺から見て玄関の外にあるもの。それは覚えておくべき。
Posted on 2009年7月23日, 10:59 AM, by dannna_o, under
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ベッドの中に入る間だけはヒトサブシステムに任せればいいが、起きたときからは家庭人として理性のレイヤーを起動すべきであり、一歩玄関の外に出たら私人としてであってもやはり社会の下にあるものとして振る舞うべき。
社会に対しての私人であり、組織に対しての個人である。
Posted on 2009年7月23日, 10:58 AM, by dannna_o, under
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しばらくのあいだ俗にいう「増田」のfeedを購読して観察していたんだけど、頭がウニになってくるので止めた。多数のエゴが匿名で肉体を伴わずに一時に表出するとあんなもんにしかならないんだろうと思うと。んーむ。たぶん。
巷でいわれ始めている肖像権という言葉の拡張解釈を適用しての写真やビデオの街頭撮影の制限とかも、奥底の方であの感覚に通じているところはあるのかもしれないなと思った。リアルの世界というか実体の世界では人間は肉体を持っているし、個人を特定されないにしても振る舞いは誰かに見られている。だからかつては人目につく場所ではみっともない振る舞いは避けるべきという暗黙の了解があったのだと思うが、いま段々に個人の存在は情報化されて本人の自我の中でも肉体は意識されなくなってきているのではないか。そこへいきなり自分ですら忘れている自らの肉体や振る舞いに注視する他者が現れるから、驚き狼狽して騒ぎ立てる。そういう構造であるように思われる。
本来往来ではひとに見られて恥ずかしいようなことはすべきではない。例え現実というものは身もふたもないことの束であるとしてもだ。
まー俺も読まれて恥ずかしいことは書くべきではないんだがな。自分では別に読まれても恥ずかしいことは書いていないつもりだが俺の自我にも揺れがあって、あーこういうことを書くからキチガイ扱いされるんだろうなと納得するときもたまにくる。だからって消さないけど。恥じたら恥じたでその旨をその時に書く。行ないは消せないし過去は訂正できない。
腹減った。
Posted on 2009年7月23日, 10:53 AM, by dannna_o, under
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昨日の朝...というかおとといの晩か。一度夢のようにすっきり片付いたのだけど、よくよく見てみるとそれは単に棚に収まっているだけに過ぎないことが気になりだして、今度は棚の中の順列を直したり「棚に入っているゴミ」を捨てたり直したりしている。まぁ今日は火急の仕事はないので息抜きに。
Posted on 2009年7月23日, 10:39 AM, by dannna_o, under
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グロイ話で恐縮だが。
死体とか自傷とか相当キツいものがtumblrに流れてきても全然平気だけれども首つりとか自殺とかにつながるイメージは苦手だしもちろんreblogしない。ヒトはいつか必ず死ぬし自己否定するときもある。戦争は起こるし事故も起こる。でもそれは皆「生きる」ことに付随して生じることだから不快であったとしてもそれは受け入れられるべきことと思う。でも首つりは自らそうする場合であってもあるいは刑としてある場合であってもあまりすっきり受け止めることができない。身もふたもないというよりむしろ凄まじい。
Posted on 2009年7月23日, 10:36 AM, by dannna_o, under
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Posted on 2009年7月23日, 9:12 AM, by dannna_o, under
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権威という言葉を多用するヒトたちは権威的なものに対する態度は問わず結局権威というアイデアを受け入れているヒトであり、つまり権威的である
悪意を憎むヒトの心には悪意があったことがある
Posted on 2009年7月23日, 9:11 AM, by dannna_o, under
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Posted on 2009年7月23日, 8:53 AM, by dannna_o, under
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