本心から面白いと思っていないことを仕事にしていくのはもうこれからの時代無理だろう。そう思う
Archive for 2009年7月30日
美術評論とか現代思想は通じているとは言いがたいのでせめて写真論とか写真にまつわる評論のことについてだけ振り返るとここ20年の間に限ったことで言えば過去と未来のことについてだけ話していてその瞬間の現在を語ろうとするヒトが皆無だったと思う。それは評論ではなく解説あるいは予想ではないかという想いがあった。だから評論のたぐいは結果的にほぼ読まなかったしあまり印象に残るものはない。ソンタグの写真論は面白かった。あといくつかの小説に写真に関する描写があってそういうもののほうがむしろ写真を撮る側の理由や見るものの気持ちを文字に書き留めることには成功していた。
昔から付き合いのある女子と、彼女に紹介されて知り合った女子がその後いろいろあって現在やや反目(というかほぼ決裂)しているのだが。双方いろいろ言い分はあり聞いている分にはまぁどっちもどっちではある。こういう場合フツーは感情的には古くからの付き合いのある方の肩を持つべきなのかもしれないが、どちらかといえば現実的で妥当なことを言っているのは新しく知り合ったほうの女子なのでいろいろぎくしゃくしているのだが。何が困るかといえば、どっちのいうこともとるべき点はあり一応の論理は通っているんだけどいずれももうどうしようもないくらいつまらないこと。それが問題。まぁ正しさってつまらないもんなんだけどね。通常は。
そんなこんなでんーむ...と思っているのだが。口の悪いことを言えばどうせ女子のいうことなのでいずれまたころっと変わるだろうからその時にまた考えればいいかと高をくくっている面もある。