Archive for 2009年8月3日

計量。
身長171cm。体重66.5kg。ウェスト76cm。もう少し肉を付けたい。

このいまいましい老眼をどうにかしたい。(無理)

レンズの前にしゃしゃり出るというよりは信じてないのに愛してるんだよ。たいていの写真家は。写真を。
そんな愛いらないだろう。

森山の「NOTHERN」はタイトルといい、版型、写真のトーンといい繰上のそれとカブリすぎているような気がするが。本人が知らないはずはないと思うし。

帰投。なんとか今日も生き延びた。

あえて今日は「ライティングはする」という気持ちで臨んだんだけど、結局ライト無しのときのほうがお子様がビビらないでいい表情になっているかもしれない。まぁライト無しでも「本番でーす」みたいな緊張感を醸成したらやはりビビってしまうかもしれないけど。子供写真は難しい。

結局バック布は使わなかった。まぁまた何かの機会に活かそう。イメージしていたよりもさらにモタモタした撮影ではあったけどまぁ何枚かいい絵が撮れたのでそれを持って佳しとする。現在調整とバックアップ中。明日は瀝青会の旅の書籍化についての打ち合わせ。小さなことから一歩ずつ。

孤独について書こうと思う。このことについては長くなるので何度かに分かれると思う。

母は「私は孤独だよ」という。「孤独だからいいんだ」と。
母はいつでも人気者で年中「オオタカさんオオタカさん」と呼ばれて方々に担ぎだされている。

私は独りで裸で生まれてきて死ぬ時も独りで死んでいくんだよ。まぁ死ぬ時は服くらいは来ていたいと思うけどさぁ。そういう独りの人間として生きているから呼ばれればどこへでもハイハイと行けるし。誰とでも仲良くつきあえるんだよ。これがもし誰彼は友達だけど別のヒトはそうじゃないなんて言うようになってごらん。友達じゃないヒトが困っている時に、自分が何かしてあげられると思っても周りの目をはばかって助けてあげられないかもしれないじゃないか。私は孤独だからそういう時でも迷わず面倒を見てあげられるし、用が済めばじゃぁネっていって帰ってくればそれでいいんだから。これでもし私が仲良しグループみたいなものに入っていたりしたらね。なかなかそういうことはしにくいもんなんだよ。だから私は孤独でいいし孤独がいいんだよ。孤独でいれば仲良しでないヒトとも丁寧に裸でつきあえるんだから。だからお前も一生孤独でいなさい。誰とでも仲良くできるように

そういって育てられた。まぁ大意としてだが。

自分からみてね。自分にとってああだこうだとかそんなことだけで世の中を小さく区切ってけちを付けるようなヒトいっぱい居るだろ。あれはみんな孤独でいられないヒト。誰彼はいい人とかさ。大体いい人としか友達になれないなんて言ったらつまりは友達を損得勘定で選んでいるってことだろう。それは貧しいことなんだよ。そりゃ人間だからさ、相手のいうことが気に入らないこともあるし腹の立つこともあるさ。だからって言ってもうその人とつきあわないなんて言ってたら最後には誰とも話もできなくなっちゃうだろ。そうならないためにはフンて言ってその場はさっさと帰ってくればいいんだよ。孤独でいればそうなっても大丈夫なんだから。自分以外はみんな他人と思うんだ。そう思っていれば他人でもみんな同じに大事にできるだろう。「友達」なんてものを作るから、友達じゃないヒトとの付き合いができなくなるんだよ。みんな同じ他人と思っていればみんなに丁寧にできる。そういうもんなんだよ。

この辺りの考え方は母の師である後藤静香翁によるところも大きいのだが、躾として、あるいは詛いとして俺自身もその影響を強く受けてはいる。

私は孤独だから何も怖くないし、誰も恨まない。あんたの親父みたいなねあぁいうヒトとでも平気でつきあえるんだよ。あんたの親父も孤独だし。それでいいの。

そういって今日も母は他人に囲まれて仲良く働いたり踊ったり歌ったりしながら過ごしている。
続きは気が向いた時にまた書く。そろそろパッキングして出る。

引いて撮ったほうがいい場合と入っていって撮ったほうがいい場合とあるんだけど。方々のweblogとかにのせられているフツーのヒトが撮った写真のどっち付かずな加減をみるとまだ写真やのやるべき仕事はあるなと。そう思う。

熟女コワス。

寝ろよ。>俺

昨日某所であったヒトがまるで大山のぶ代@ドラえもんみたいな声だったのでからかって笑っていたのだが、どうも彼からインフルエンザをもらったらしく調子がだんだん盛り下がってきた。

さておき。
どうでもいいことだが某所某によると

俺たちが熟女に求めるものは物わかりの良さじゃないですか

...とのことだったのだが、寡聞にして物わかりのいい熟女の話を聞いたことがない俺にはよくわからないのだった。

根鱒