Archive for 2009年8月22日

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今年も遭難でお二人。心不全でお一人お亡くなりになったそうだ。

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富士の水平は30度傾いていて重力はそれを打ち消す方向に傾いている。(謎)

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稜線に陽が落ちると、雲海に富士の山体の影が走る。
これは七合目の山小屋の前で休んでいるときに撮ったもの。写真に写っている二人の女子と何となくつるみながら登ってきていた。といっても一緒に登っていたわけではなく。同じ頃に麓の神社でそれぞれ手を合わせて登り始めたのだけど、向こうは三人の女性だけのパーティだったのだけれどももう一人のペースがすごく速く、二人がどうしても遅れてしまいそれを先の一人が待つカタチでずっと登っていたのにこちらも合わせて登っていたようなカンジ。高山病の予防にはまず最初の一時間を極力ゆっくり登る事が肝要と読んだことがあったので、馴化の意味で二人にペースを作ってもらおうと思い、少し自分のペースで登っては休み二人を待って少し立ち話をしてから「じゃぁ先行しますね」と言ってまた登りを繰り返していた。お連れ様も含め三人は八合五尺の御来光館に宿泊の予定と聞いたけれどもどうしたろうか。七合目のこの小屋についた時点でおそらく俺と先行の女性の間の遅れが20から30分くらい。俺に遅れる事40分でこの二人が到着でかなりグロッキーな様子だったのでちょっと心配だったけど宿の方に電話したり、途中の小屋についてもいろいろ調べて「ともかく今日は行けるところまで行こうと思います」と言っていたので無理はしないだろうと思い「ヘッデンはもう出しておいたほうがいいよ」とだけ言って先行した。俺がこの上の本七合の見晴館の小屋に到着した時点でもう灯りなしで登るにはギリギリの状態だったけど、その小屋には現れなかったから少なくとも八合目までは登ったんだろう。大事はないと思うがちょっと心配ではあった。(もっとも翌日他人の心配なんかしている余裕はないことがあらわになるのではあったが)

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樹林帯を抜けてから九合目あたりまではこの植物が目についた。いま調べたところ、オンタデという名前のもののようだ。タデ喰う虫も好きずき..のタデ(蓼)だと思うが同じ科の植物なのかとか苦いのかとかは知らない。

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ジャンクで終わりたくなければ勉強したまえ。表現に貴賎はない、は社交辞令だ。現実には、何よりまず、表現には優劣があり、優劣に基づく貴賎は存在する。そしてその貴賎を自信を持って判断することができなければ、鑑賞者としては全くの役立たずだ。創作者としては、言うまでもなかろう。

ついでに言うと、鑑賞者にも勿論、優劣に基く貴賎はある。

タカポンさんが何やらお怒りのようなので覗きにいってみるとまたゾロなんかやらかしているようだ。まぁそもそも過焦点深度と被写界深度をごっちゃにして考えているような様子も見受けられるけど、上げられているテスト結果だけ見てもf2.8で合焦している点がf4/f5.6で奥に行って、f8/ f11では元に戻っている事が見てとれると思うけどまぁその辺はセンスなんで。そもそも「異常のないことを確認するためのテスト」というのはテストではないし。(笑)

根本的なことを言えば望遠で接写なんかしても焦点移動のテストにはならんです。一番過焦点深度が大きくなるところなんだから。まぁそのレンズのテストとしてはやらなきゃならんのだけどね。気にするヒトは。俺はざるだからやらんけど。別にそこにつっこんでるんじゃなくて「被写界深度を有効に使いたい時には前から1/3にフォーカスする」というウソを吹聴するのはやめてくれってことなんだけどね。ページビューをジマンするなら。大勢見ているところでウソは書かんでくれ。プロとして看板上げているなら影響力は少なくないんだから。

ちーん。

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もし大多数の人間が富士山のようなところで生まれ学び考えていたとしたら、消失点のあるところが水平線でそれが「彼方」だ..なんていう発想は生まれなかったと思う。

山頂のほうを向けて撮ると背景は全部岩肌か空だし、麓のほうを向ければ背景は空しかなく全く距離感は消失し書割りのようにしかみえない。もっとも「麓」という方角の概念も怪しくなるんだけど。以前これに似たシチュエーションをどこかで見たと思って考えたら、四国に旅した時に祖谷谷の山の上の家を写真に収めた時に感じた「彼我」の感覚がそれだった。遠近はなく彼我。自分が見ている方向が彼であって、立っている場所ではなく見ている自分がいるという事が我。