Archive for 2009年10月3日

なんにしても語尾が「なんじゃないの」とか「でしょ。違う?」とかのヒトは苦手なのです。そういう言い回しが自然と避けられるような空気が世に満ちればいいのにと思っています。

そうか。寝込んでるのはつらいけどDVDで映画見るチャンスやな。考えてみると。

バクシーシいうたらえぇねんて(謎)

体力つけるために焼き肉でも行きたいところだけど一人で行ってもつまらない。かといって親しいヒトをわざわざ呼んで移すのも非常識な話なので無理。よって何か一人でも行ける所に行ってこようかと思う。

寝汗はほとんど収まったのだけど身を起こして座って仕事していると30分もしないうちに熱が上がってくる。そこそこつらい。いくつか気にとまっていることがあるのだけれども病気の時に書くとおそらくネガティブになりすぎるのでしばらく寝かせておこうと思う。アガリは月曜日に送稿します。@業務連絡

気がしてばっかりだな。(謎)

一方で画素数を増やすためにステッチングを使っているヒトもまだいる。それはそれでまぁいいけど。得られる写真の本質とはあまり関係ないような気がする。

一発撮りだとおおむね120度と160度という二つの限界がある。それとのつきあい方の問題としてステッチングとかVRの技術はある意味で必修という気がする。

ステッチングと一言も言っていないステッチングの仕事増えてきたな。広角レンズでの一発撮りを限界までやってきてなおかつ精密なステッチングの技術もちゃんと研究したヒトがしれっとした顔でそれをやっている。いい傾向。

駅舎ってみんな同じじゃダメなんだろうか。うちの路線は池上線なんだけど基本的に駅舎の構造は枕木と同じようなアリもんの木材を枕木を止めてるのと同じような釘やボルトで組んで、駅を作る場所の勾配や諸々にあわせてテキトーに小屋として組んでその中にインフィルを作っているだけだと思うし、それで十分に機能している。まぁ3両編成のトロッコみたいな電車が走るだけのローカル線だからそれで間に合っているということもできるけれども。

仮に駅舎に建築やデザインからのアプローチが必要としてもそれは一つの駅に対してそれぞれ固有の意匠を与えるんじゃなくて、路線全体に対して計画するべきものなんじゃないかと思うけど。

まぁでもこのケースでは事実そうじゃないってことか。

精密感って観察者の意識が小さいところまで入って行く時の感覚だからピクセル数をいくら増やしたって決して達成されるもんじゃないんだよ。対象が大きくなったように見えるだけで逆のことなのよ。

そういえばこのあいだ若洲で写真を撮っていた時に写り込む位置にいた小僧どもが「お。あそこ写真撮ってるよ」「写真撮るなら金をくれ」とか言っていた。日本もせこい国になったなと思い、小さな声で「シュクランシュクラン」と言ってさっさと通り過ぎた。