自我は人生の花のようなものだが。華のない花やくさった花もある。
Archive for 2009年10月13日
個人的な会話の返信の頭にRTをつけている意図はなんだろうか。会話の応酬でどんどんスレが伸びているのに末尾は切られているから無編集ではないことはたしかなんだけどそこはRTじゃなくて@で返すべきところだと思うのだが。内容は別に嫌じゃないんだけど。TLが撹乱されている。
...って俺の妄言チャフのほうがよりいっそう迷惑ってことだよな。(謎)
Twitterでskype記法を使わないキャンペーンを実施したい。
専用クライアントとやらを使えばTLに表示するユーザーIDを選べたりするのだろうか。現状だと結局「とりあえずこのヒトとこのヒトのTLだけ見に行って、あとは寝る前にRSSでまとめて読もう」とかそういう対応になてしまっている。それだと即時性の意味があまりない。わざと妄言チャフを打って撹乱してみたりしたけどあまりfollowerが減らないところを見るとよほど妄言好きばかりなのでなければ読み飛ばし機能が本人かクライアントに実装されているものと思われる。
あの、よくあるweblogの、ネタフリにもなってないような本文にさらにその文脈を無視したコメントを大勢が勝手につけて酷い場合には「この間はどうもありがとうございましたおかげで無事に帰ることができましたとか」全然関係ないコメントかついてそれにいちいち個別に「○○さん> 」「○○さん> 」「○○さん> 」「○○さん> 」と返答がついて文脈が散逸して、全情報量の10%も内容のある言葉が用いられていないものが公開されているのを読むのがつらいからいわゆるブログとかmixiとかいうのはあまりまわらないのである。(酷いことをよく書いているヒトのところむしろ監視のためにまわっていたりするw)
twitterがその轍を踏んでいるようにも見える現状ではあまり時間を使いたくはない。
同じことをやっても母集合になるクラスタの中のヒトのレベルが揃っていれば平気なんだけど。
本来の意味ではなく(半角コードの羅列で制御することが必要という次元ではなく)ある程度コードで自分の発言を制御する意志を持ちながら書くという意味で、フォームにテキストべたうちでの入力しかできないかそれを好むヒトとhtmlコードを叩きながら入力することを選ぶヒトの間には、優劣ではなく思考の質として有為な違いはあるような気がする。ローレベルでの冷静さをもち得るというか。
@だけではなく今度RTも正式機能として実装されるという話だけど、本来それらのコマンドはtimelinesを制御するためにあるはずだ。素人の俺がそう考える理由は個別アカウントのページやRSSには非公開設定でない限りすべてのtweetが配信されるけれどもユーザのタイムラインにはFollowerの選択する記法によって個々のtweetの表示非表示が反映されるのが使用であると理解しているからだ。
ただ。現実にはわずか40しかFollowしていない俺のTLを見てもほとんどのユーザは@の記法について@の正確な記法を遵守していないからTLは望ましい制御のない表示になってしまっている。もうお友達のお友達は皆お友達は皆お友達状態でお友達の皆お友達はお友達...何を言ってるんだ俺は。例えばあるクラスタでつながりのあるヒトをFollowしたとしてそのヒトが緩やかに所属している別のクラスタにはほとんど興味がない場合もある。(というかその場合のほうがフツーは多いはずだ)正確な@やRTの書き方で書いてもらえればこちらのTLそれは表示されないからいかにおしゃべりなヒトがいてもまたあるいはちょっと癇に障る書き方がそのクラスタではやっているとしても当方には感知するところではないので気にならない。現状を見てどうせ記法なんか遵守されずにみんなオンラインチャットのつもりで使うんだろうなと思われることをふまえるとあまりいいシステムとは思えない。
ただあまりにもガチガチに仕様通りに話せというのも酷なことなのでせめてある程度の幅を持ったハッシュタグをつけてそのグループに属するタグがついているtweetに関しては自分のTLに非表示に設定できるといいと思うのだけれども。いまのシステムだとそのヒトの総体に興味がある場合かあるいは絶対この人とはあり得ないかの二択になってしまいそうに思う。とても窮屈だ。
なのでtumblrのほうが落ち着く。tumblrの発言やreblogは個人に帰属しないから。でもいいことを言ったりいいものをつかむセンスのあるヒトは何となく覚える。で、そのひとのtwitterやweblogを覗くとたいてい面白い。だからやはり俺が時間をある程度浪費するのならばその主力はtumblrかなという気がした。
twitterというのはきっと何も期待しないで使うかさもなくば、「ブログ」のコメントとかmixiの日記についたコメントにいちいち
○○さん>
ホントそうですよね(中略)○○さん>
どうもお久しぶり
とか書くことをいとわないというか、どんなに文脈を外れたことにもそれなりに話を合わせられるヒトが使うのがいいように思った。さもなくばホントに気違いのように妄言を吐きながらたまにマトモなことを言うか...
あるいは単純に本当に連絡用に使うか。(でもそれなら自由登録制のMLで充分)
なんにせよmixiでもあるいは古い話をすればwikiでも関心空間でも似たようなことはあると思うけれどもタグの記法とか最低限の妥当性を担保できないものがあふれかえっていては設計意図も何もないように思う。