Archive for 2010年3月12日

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何か変だと思ってみていたけど思えばあの一角だけ電線が地中化されているんだな

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まぁ結局相変わらず不審者なんですがね。ハイ

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結局のところシャッターチャンスというのは「ここに猫でも通ってくれれば」ということを考える能力であるから要するに構図力にも等しい。構図のとれないスナップ写真家というのはあり得ないと思う

そこで猫が通ることを期待できる想像力と猫が通る場合に如何なる露出や焦点を与えるべきかを予見し素早くそのセットを構築する機械操作の技量。加えて猫を通すためなら何でもやると思いそれを実行する細心さと図太さ。そういうものは最低限スナップシューターには必要だろう

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少なくともハードゲ… もといハード写真作家で空気感とかいうヒトに会ったことはない。個人的には

個人的にはという言葉もバズワードなんでなんとかしたい。バズワードという言葉もバズワードだが

なにを言っているんだ。俺は

さておき写真の力をもっとシンプルな形で信じていたはずのジャパニーズコンテンポラリー以前の作家やその流れを汲む同年代の作家たちはおそらくこの言葉つかわないんじゃないかと思う。こんな言葉が無批判に通用するようになったのはおそらく写真が美術に迎え入れられるようになって以降の、ただし美術に迎え入れられるレベルにまで達していない表現という言葉を「自己表現」の意味合いでつかうヌルいものたちのあいだに限られるように思う

まぁ「写真の力」という言葉もバズワードすれすれだけれども

写真がもっと骨太にその存在感を示していた時代にはこれらの言葉はあまり使われな… あ。

ゴールデン街のハゲがちらと言っていたが某広告写真屋が作家かぶれしていてスナップ的な方向で勝負したいと言っているのだそうな。まぁ朱に交わればという奴だろう。

話としてはそれるが写真旧世紀一派を中心とした作風を捉える言葉として汎用されている「空気感」という言葉は実は典型的なバズワードである。「空気感」「質感」「存在感」これらの言葉にはいずれも明確な定義はないが最近は(というか80年代以降)評論はおろか技術的な文書にまでも頻出している。

○○感という言葉を使っている文書やそれを会話の中で乱発する人物には注意すべきであると思う。(謎)